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「"ムービング・フットボール"は、「感動させる」ということ」- 城福浩(ヴァンフォーレ甲府監督)

 

――FC東京の監督時代に掲げていた"ムービング・フットボール"とは、選手も異なりますから完成形も異なってくるのですか?

 どうしても「人とボールが動く」という言い方が先行してしまいますが、それより先、一番にあるのは、「感動させる」ということ。見ている人を感動させるには選手が楽しまなければならないという論法なのですが、結局選手が楽しいのは何かというと、「成長を感じている」ことだと思います。自分自身やチームが「強くなっている」とか「上手くなっている」ということを感じられる集団かどうか?「到達点がどこ」という言い方よりも、FC東京FC東京なりの、甲府甲府なりの成長を感じられるような集団になること。もちろん、つまずく時もあるかもしれませんが、トータルで考えた時に「オレら成長したよね」と思えることがムービング・フットボールの一番の基本です。イコールでそれがお客さんを感動させることにつながるとおもっています。「人とボールが動く」というのは、「兼ねていますけど」くらいの話ですね。

 

――選手の成長とJ1昇格は違う意味になるのですか?

 すべての試合で結果が約束されないなかで、成長を信じることや感じられることを大事にしたい。結果だけで成長を実感できる集団にはならないようにしています。そうは言っても、結果はすごく大事な要素です。成長を感じられたから昇格しなくていいというわけでは決してない。ただ、成長なくして昇格はありません。「昇格できるなら何でもいい」と言うなら、逆に「そんな近道はあるの?」という話になってくる。僕は個人やチームの成長なしに近道はないと思っています。「誰が成長させてくれるの?」と言ったら我々や選手自身で成長するしかない。そういうふうにナビゲートするしかないですし、誰も何も助けてはくれない。自分たちで勝ち取ったときこそ本当に楽しいと思える。そしてそれが感動を与えると思います。U-17日本代表やFC東京のときの成功体験は僕の中にあります。でも、「二度と同じ轍は踏まない」と思う経験もあります。それをうまくミックスさせていきたい。なぜうまくいかないときがあったのかは、自分の中で分析はできています。その経験をしっかり生かせればいいなと思っています。

 

――昨年、第三者として一番学んだものは何だったのですか?

 現場に勝ることはない。そして、一年間やった結果、自分は評価するよりも評価される人間でいたいと感じた一年でした。コラム・評論では「あの選手が良い、悪い」とか「あの采配が良い、悪い」ではなく、「なぜ、あの采配はこうだったのか?」とか「このゲームをどう見たか?」という評論をしていました。僕は評価する人間ではないと思っていましたし、現場に戻りたい人間でした。
 もう一つは色んなカテゴリーの試合を見られたことです。現場だとJ2にいたら結局ほとんどJ2ばかりを見ることになります。昨季、色んなカテゴリーやリーグを見させてもらえたのは、今までになかったことです。また、色んなライターの方達と話したときに「物を書く人はこういう風にみているんだ」と感じることができました。例えば、バルセロナの本を書いている人は「統計学的な感じでこういう風に見ているんだ」と思えたことがすごく新鮮で面白かった。現場だけだったらそういう会話はないですし、感じられなかったと思います。

 

――現場への思いは日に日に強くなっていったのですか?

 現場に戻るための一年でもありましたし、今年は甲府ではなくともどこかで監督をやったと思います。その一年を過ごすために、昨年はラクに過ごしたくありませんでした。よく聞かれる「リハビリがつらい選手ほど早く復帰する」というのと一緒です。解説もそうですが、メルマガやコラムもまさにチャレンジ以外の何物でもありませんでした。自分の力量ではやり過ぎだったのですが、あらためて「物を書く人はすごいな」と思えたりもしました。「よくノイローゼにならないな」とw。違う立場で「もうやりたくないと思える一年にして過ごそう」と敢えて決めました。最後は本当にそう思いましたけれどw。毎週締め切りが迫ってくるのは「もう無理」だと思いましたね。自分は書かれる方にいたいと強く思いました。少なくともサッカー界に関わっている人の見聞は広がりましたし、大変さが分かっただけに、自分のいるべき場所を感じることができたのは良かったです。

 

――もう当分は現場で過ごしたいと?

 もちろん、これは需要と供給の世界なので。ただ、このクラブも他のクラブもそうですが、託された期間で何かを変えられないと、こういう仕事はやり続けられないと僕は思っています。もちろん、勝つことを目標にしますし、勝ち続けることができたらノーベル賞をもらえますよ。プレッシャーもありますが、"変える"ことを続けることが自分の成長になります。何よりも"変える"ということは、選手を変えることにもなります。そうやって微力ながら日本のサッカーに貢献できていると思える瞬間があるならば、こんな嬉しいことはない。選手を変えるということが一番そう感じることだと思います。ましてやこのクラブは、ゼロ円提示を受けた選手もいれば、ゼロ円提示ではなくても「他のクラブから話があれば」と言われた選手もいると思います。彼らのリバウンドメンタリティーが一番大切なんです。だからこそ彼らを変える手伝いができたら、こんなに嬉しいことはない。おそらく、それが僕は甲府の監督を引き受けた一番の理由かもしれない。

 

――FC東京ではエリート集団を率いていました。その違いもあるのでは?

 例えば、浦和や横浜FM、名古屋といった大都市かつ大企業に支えられたクラブは、人気もあれば企業のサポートや施設もあります。ただ、大きなクラブであればあるほど、そのクラブに所属することで満足感を得られてしまうという難しさがあると思うんです。甲府はビッグクラブほどの潤沢な資金や環境はありませんが、飢餓感や「このままで終わらない」という思いはものすごく強いです。U-17日本代表やFC東京の監督をやらせてもらってきた中で、甲府のような環境で新たな選手たちとできるのはすごく魅力的でした。僕の中で"リターン"は条件ではないんです。ビッククラブでも地方クラブでも種類は違えどリスクはあります。"リターン"は一般的には条件と思われがちですが、監督のオファーが混沌とした中で最後に僕が考えて思ったのは、彼らとともにもう一度高みを目指すということ。それを成し得たときには僕の指導者人生のなかでも、ものすごく大きな"リターン"になると思いました。"リターン"は条件だけではないというのは、以前の自分のなかの経験でよく分かったことでもありました。そして、今自分に必要なことが甲府に感じられました。

 

――甲府の選手たちの飢餓感があれば成長しそうです。

 甲府にもともといた選手も新しく入ってきた選手も、悔しい思いをしたからここいいると思うんです。そういう集団であることを大事にしたい。それと、昨季は「すごく守備を重視した」という声も聞こえましたが、昨季の監督がどうしたのか僕は分からない。だけども選手のなかに、新たに守備を学んだことで攻撃に対する飢餓感とプレーヤーとしての飢餓感が芽生えたのかもしれない。それはまさにチームの積み上げです。昨季があったからこその今がある。今までのチームが積み上げてきたものを僕がちゃぶ台返しするつもりはまったくない。「どういうことをやったの?」と細かくは聞きませんが、選手の中に埋め込まれたことや感じてきた地層のようなものがあって、それがあっての今の取り組みだし、今の飢餓感がある。そういう意味では、積み上げてきた過去は大事にしたい。それを踏まえた上で何を伝えれば選手たちの耳に響くのかは意識しています。

 

 ――その中で城福監督のカラーを出していく?

 僕が前面に出る必要はない。個人やチームが変わるお手伝いができればいいと思っています。もう一つ、今の日本のサッカーでは3分の2がプロビンチアかもしれませんが、これから先に増えていくクラブは全部がプロビンチアになります。5分の4や10分の9がプロビンチアのクラブとなる中で、その象徴になるのは日本のサッカー界にとって本当に大きな仕事だと思います。どれだけ時間がかかるか分からないですけど、自分が関与できたら僕にとってこんなに嬉しいことはないですし、日本のサッカー界にとっても小さな仕事ではないと思っています。

 

 ――現実問題として予算の問題はあると思います。予算を上げつつ挑戦するのか、現状で挑戦するのか?

 我々は条件を勝ち取っていく集団であって、条件を与えられてやる集団ではない。高みを目指して色んな条件を勝ち取っていく。それこそ甲府は徐々に環境が良くなってきたとはいえ、専用の練習場もないわけです。明日には違う団体がくるわけだから自分の荷物を置いておけない。それはメディカルや選手、我々スタッフにしてもかなりの負担です。ですから、専用の練習場など条件をちょっとでも勝ち取っていく。クラブハウスも自分のロッカールームも持っているクラブチームになりたいですし、勝ち取ってのがプロビンチアだと思います。その結果、「あのクラブでさえ、あれだけ最終的に勝ち取れたんだからオレらもやれるぜ」と思ってくる全国のプロビンチアの象徴になりたい。一度、クラブの存続が危うくなったのを今は黒字経営にしているのが甲府の一つの象徴でもありますが、さらにもう一つ上の象徴になりたい。「色んなものをチームが勝ち取っていったんだ」と。もちろん、これまでの努力があって練習場も良くなっているのですが、もっと大企業クラブ並みの、裕福ではないけれど、選手たちにとって、地元の人たちにとって誇れるクラブになりたい。「こういう感じで行政が動いたんだ」という事実は、ほかのプロビンチアからするとものすごく勇気づけられ、いい事例になるとおもいます。甲府はこれまでもやってきたと思うし、これからさらに上のレベルでやっていける余地があるクラブだと思っています。何よりもこのクラブはクリーンです。あるものはありますし、ないものはないんですよ。その中で掴み取っていくことにやりがいがある。そういう"リターン"はすごくあります。

 

 ――甲府はスタッフも多くはありません。

 広報も一人しかいませんし、主務もいくつもの仕事をしていますその他のスタッフも兼務が当たり前。自分で動くし、自分で決断するという意味では、本当に最小限です。それはすごくいいなと思います。だからこそ、ボランティアの方に協力してもらわないとでしないことも多いだろうし、県民に支えられないとできないこともいっぱいある。本来あるべき姿を見るような気もします。もちろん県民性もそうだし選手もそうですけど、クラブのスタッフを見ていても「この人たちを喜ばせてあげたい」と思いますね。

 

 

 出所:エルゴラッソ2012/02/10発売号